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映蔵
横浜で活動する記録・広報映像制作会社日映科学映画製作所の作品紹介や、社の周り・横浜情報の発信など。
スライドPR(スライド映画)
今のようにパソコンもビデオもなかった時代、企業のPRとして使われていたのが
スライドPR。

スライド(写真)をプロジェクターで投影しながら録音したテープを流して、
決められたタイミングでスライドを切り替えて上映するものだ。

ある国際ロータリークラブの50年近くたまった写真やビデオの画像データを
デジタル化してDVDにまつとめる仕事をしている。

倉庫の奥から出てきたのがスライドと音声が入った6mmテープと台本のセット。
これこそスライドPRだ。

残念ながら保存状態が悪いため、写真は退色して赤っ茶けてしまったが、
テープからはちゃんと音が出たので、44年前に作られたPRを再現することができた。

当時の時代の空気を感じて思わず身震いした。

きしょう
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旅のはなし4。
長岡を後に、快速で1時間ほど揺られ新潟にやって来た。
母の実家があり、子供のころからたびたび訪れた街でありながら、足を向けたところはごく限られていて知っているようで知らない街、なんである。

9年前、金沢に向かう途中立ち寄って1泊したのだが、そのときも思いのほか時間がなく、ここくらいしか見ることが出来なかった。

そのここ、に今回もやって来た。
萬代橋。
日本一の大河・信濃川にかかる1929年生まれの鉄筋コンクリート橋梁である。

bandai01
萬代橋

以前は「万代橋」だったはず?
と訝しく思っていたが、2004年に重要文化財に認定された際、元の表記に戻した、ということだ。

bandai02
反対側から。


重文、の橋。
そうであろうとなかろうと、重厚で、かつエレガントさを感じるこの橋には惹かれてやまないものがある。

東京にもいい橋、好きな橋はたくさんあるが、
よく考えると、この橋が一番好きかな。

今度新潟に来ることがあるとして、また足が向いてしまうんだろう。

bandai03
バスで渡ってもたっぷりかかる、この長大さもいい。


NS
5千匹の金魚が泳ぐ「アートアクアリウム展」
夏祭りの金魚すくい、好きだったな。

でも私は、金魚すくいをやらなくても、あの水槽を見ているだけで幸せな気分になっていた。
裸電球に照らされて輝く金魚たち。キラキラ輝いて宝石のようで、金魚は1匹、2匹でなく、
何十匹、何百匹、たくさんいるほど美しい。

日本橋の“コレド室町”で「アートアクアリウム展」をやっていた。

アクアリストの木村英智氏が独自の水槽デザインと金魚たちを展示(?)し、
その数、何と5千匹!!

KINGYO1.jpg

会場内は照明が落とされて暗く、ライティングされて浮かび上がる水槽は幻想的だった。

金魚すくいのように平べったい水槽を何層にも重ねて水の流れを造った作品や、
「プリズリウム」は多面体にカットされた水槽の中に蛍光色の熱帯魚が泳いでいる。

kingyo2.jpg

不思議なのはブクブクの酸素を入れてるのに空気の層がなく、狭い水槽にたくさん入れ
られてるのに金魚たちは活発に泳いでいるのに驚く。この水槽のシステムはアクアリスト
である木村氏のマル秘システムによるものだろう。

kingyo333.jpg

上の写真は「花魁(おいらん)」という作品。
世界で一番大きいといわれる金魚鉢の中で優雅に泳ぐ姿が花魁を思わせる。

KINGYO5.jpg

三角形の突起は万華鏡。
泳ぐ金魚をオブジェクト(鏡に映る材料)にした楽しい水槽。ただ、のぞき穴が小さい
ので見にくかった。もし次回があるならば、ぜひ大きな万華鏡にしてほしい。

KINGYO4.jpg

「水中四季絵巻」は横8m×縦2mの映像の中を錦鯉が泳ぐもの。
モニターに映し出された日本の四季の移ろいを背景に泳ぐ鯉が美しい。

会場は薄暗くて落ち着き、流れた水によるマイナスイオンがビンビンに感じられる。
外は30度を超す猛暑なのに、ここはまったくの別世界。涼しくて癒された。


きしょう

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もう少しがんばりましょう。
また鎌倉に行ってきた。

以前書いたかもしれないが、実家がまあまあ近かったこともあって、鎌倉は昔から思い立ったらフラッと行くところなんである。

大して広いところでもないが、さすが一時はニッポンの事実上の首都だっただけあって、犬も歩けば棒にあたる、じゃなく、ちょっと歩けば史跡に出くわす、のが楽しい。

どこかに旅に出ると、まずは観光案内所に寄って情報収集、パンフレットももらって…となるのだが、鎌倉でそれをしたことはなかった。
だってフラッと遊びに行く、ところだったから。

この日、鎌倉駅で下りてから、観光案内所を探してみた。
駅と直結した「エキスト鎌倉」の片隅に案内所のカウンターを発見。
む、随分と小さいんだな。

まあ、いい。

本日の散策の友を探す…パンフレットが1種類。
マップが大雑把で情報量に乏しい。
え、これしかないの?って感じ。

つい最近行った長岡とエラい違いだ。

気を取り直して街に出る。
小町通りはいつもながらたいへんな人出だ。
世界遺産を目指そうって割には、いたってさびしい案内所。
日本人でも「エッ?」っていうくらいなのに、これが外人さんだったらどうなるの?

この街を訪れる人が、この街のことを知って、好きになってくれることが大切、でしょう?
もうちょっとおもてなし、頑張った方がいいんでないかい?

※後日観光協会のサイトで「鎌倉ウォッチング」なるパンフレットの存在を知った。
なかなかボリュームがありそうだが1冊200円…売るんか?という感じ。
そこまででなくていいから、フリーでそこそこのを配ったら、と思う。
わたしは旅先の観光案内所で、お金を出してパンフを買ったことはない。

kamakura
小町通りを一歩入ると、食いものの誘惑が渦巻いていた…


NS
『花と昆虫』昭和31年作品
古いフィルムから順に、科学映像館のサイトで紹介していただこうと仕事の合間に、

フィルムと資料をひっくり返している。

一覧になっているものから倉庫のどこにあるかを探り当て、軍手をはめて、懐中電灯をもって

探し出す。

探しているうちに手が止まり、目が留まり、なかなか進まない。

今回は「花と昆虫」と「ピアノへの招待」をクリーニングおよびデジタル化の為に株式会社東京光音

に宅配便で送った。

昭和31年作品の「花と昆虫」は会社にある映写機で観た覚えはあるのだが、モノクロで昆虫が次々に

登場する作品だ。ミツバチと花のように互いに助け合って生きているものばかりでなく食虫植物なども

映し出されている。

昆虫の世界は60年たってもあまり変わらないように思うが、あのころ日常で見かけた自然界の生き物

の中には、絶滅が危惧されている種も存在するのだと思い至る。

だとするとフィルムそのものが無くなれば、生態系の膨大な資料も消えてしまうということか。

と、おおげさな事を考えつつエアコン設備の無い倉庫でガサガサと探し物をしています。

保存とまでいかなくても目に留まるチャンスが多ければ撮影当時の苦労も報われるかも。

製作は、石本統吉。おっと、解説はあのNHKの名司会者 宮田 輝です。といってもご存じない方も多いか。


mar.






旅のはなし5。
長岡に来た理由のもうひとつ。
河井継之助ゆかりの史跡を訪ねること。

五十六さんの記念公園を後にしてやって来たのがこちら。
河井継之助の記念館である。

どうでもいいけれど、建物がスゴイ地味。
遠目には個人病院か何か、と見える。
正面までやって来ればこんな感じだから、まあわかるんだが。

河井継之助01


さて、河井継之助といえば、歴史好きならきっとご存じ。
幕末期長岡藩の中心人物として、新政府軍とあいまみえた男である。

酒を飲みながら語るなら出来そうなんだが、しらふではうまく書けそうにない。
判官びいきの日本人にはたまらないヒストリーを持つ彼について、
興味のある方は調べてみてください。

河井継之助02


継之助さん、今のニッポンを見てどう言うんだろうか?


NS
ゆるキャラグランプリ
今更言うまでもないが“ゆるキャラ”とは「ゆるいマスコットキャラクター」の略で、
地域おこしや名産品の紹介など、地域PRのために造られたキャラクターである。
そんな全国に散らばっていたキャラクターに“ゆるキャラ”という名をつけたのは、
みうらじゅん氏だ。

2年前からはじまった『ゆるキャラグランプリ』は、エントリーされた全国のキャラ
クターによる人気投票で、2010年の1位に輝いたのは、彦根市の“ひこにゃん”、
去年は熊本県の“くまモン”である。ちなみに、私は大の“ゆるキャラファン”で、
去年は東京都西国分寺の“にしこくん”に投票した。

うちが現在、仕事をしている神奈川県大和市にも立派な“ゆるキャラ”がいる。

yamaton.jpg


その名も“ヤマトン”。

“ヤマトン”は大和市内の泉の森で生まれた葉っぱの妖精で、恥ずかしがりのため、
普段は木の間に隠れているが、子どもが来るといたずらをして驚かすという性格だ。
ずんぐりむっくりの体型に緑色のボディ。手に持っているのは大和市の花『ノギク』だ。
決してラーメンに入ってる“ナルト”ではないので、そこんとこヨロシク。

そんな“ヤマトン”が、今年ようやく“ゆるキャラグランプリ”にエントリーしたので、
私も投票した。

まあ、今年は初エントリーなので知名度がないけれど、どこまで投票を伸ばすか
楽しみでならない。

ヤマトンは「ゆるキャラグランプリ2012」ホームページのトップページ下の日本地図、
神奈川県をクリックすると出てきます。
「ゆるキャラグランプリ2012」ホームページ
http://www.yurugp.jp/


260体エントリーしているうちで、現在は第50位。

もしよかったら投票してください。お願いします。


きしょう
旅のはなし4。
汗びっしょりになって、五十六さんの生家から出た。
30度を超える気温なのに涼しく、ありがたく感じる。

公園の奥にたたずむ五十六さんの前に立つ。
ブーゲンビル島上空でアメリカ陸軍のP-38に襲撃されたとき、彼のアタマには何が浮かんでいたのだろうか。

564


戦争が選択肢の一つであった、その時代に海軍のトップにあった五十六さん。
そのこころのうちは、到底わたしなんぞにははかりかねる。

五十六さん、今のニッポンは、あなたの目にはどう映っていますか?

565
平成になって、スクリーンによみがえった五十六さん、演じるは役所広司。


NS


横浜スタジアムのレストラン
ひさしぶりに横浜スタジアムへ行った。
シーソーゲームの末、中日に負けてしまった。

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まったくベイのピッチャーって蚤の心臓なんだから、ノーアウトでランナーを出すと
ビビッてストライクが入らなくなり。ボールが続いてストライクを取りに行った球を強打
されるという同じパターンで自滅する。まったく見てて腹が立つ! ← 超おかんむり

頭にきたので球場内のレストランで食事した。

bei2.jpg

レストランには大型プロジェクターがあってテレビ中継を流している。
せっかく野球球場に来たのに、これでは家でテレビ見ているのと同じだ。
当然、客はすいてるしクーラーは効いてるし、快適にテレビ観戦できる。

食べたのは「冷やし担担麺」。汁なしで麺にタレをからめて食べるタイプだ。
ゴマペーストのピリ辛で意外と美味しかった。これで650円は安い。

bei3.jpg

レストランには、1960年の『○は』大洋ホエールズ時代のユニフォームから現在までの
歴代ユニフォームが並んでいる。ちなみにオレンジ色は中塚選手のもので、一番古いのは
近藤昭仁選手のものだった。

bei4.jpg

私が子どもの頃夢中になったのがオレンジと緑の『湘南カラー』と呼ばれていた
ユニフォーム。

それと1998年に日本一になった時のチャンピオンフラッグも展示されていた。

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きしょう
貴重な映像
去年の震災後、福島第一原子力発電所の建設記録である「黎明」や「福島の原子力」がいろいろな

番組で映像使用されているが、他にもたくさんの貴重な映像が社内にはある。

1974年に起きた多摩川の氾濫による水害の復旧工事記録もその一つ。

山田太一監督による映画「岸辺のアルバム」も多摩川の氾濫によって家が流される場面を

象徴的に使っていたっけ。

社内資料によると昭和50年1月の「多摩川狛江災害復旧工事記録」と昭和52年2月の

「多摩川狛江災害本復旧工事」の二作品が存在するはずだが、内容については私も見たことが無い。

作家になった先輩が入社間もない頃に、助監督として係ったという話は聞いたことがある。

しかし、この作品は建設省(現在の国土交通省)の企画作品であり、著作権等の関係から一般の方の視聴は

制限される。契約時の取り決めらしいが私個人としては、いいんじゃないの?と思う。

この会社が隆盛だった時代には、災害が起こると兎にも角にも長靴履いてカメラ持って現場に駆け付けた、

という話は大先輩の「福島の原子力」制作監督に聞いたことがある。

平成7年の作品「普賢岳を見張る」も九州地方建設局 雲仙復興工事事務所の企画によるものだ。

八ッ場ダムの工事記録にも係った記録がある。

民主党の仕分け作業以来、極端に国交省他の映像記録映画製作は入札案件から姿を消しているが、

今までに制作した作品については、逆に見せなきゃ損だ!

と思うんだけど、お役所の体質だとそういう水平思考は、通用しないのかな?

と言っても直談判するほどのエネルギーもないわ。ごめんなさい。


mar.


岸辺のアルバム (光文社文庫)岸辺のアルバム (光文社文庫)
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旅のはなし3。
居心地の良さに引かれていつまでも市役所にいると、何しに来たのかわからない。
五十六さんのウチへ向かおう。

今回の目的地はいずれも長岡駅周辺に集まっているので、歩いても十分回れるのが心強い。
十分も経たなかったろうか。ほどなく山本記念公園に着いた。

元は五十六さんの生家のあったところ。
公園となった今は胸像、そして復元された生家。
オリジナルは、終戦直前の空襲で焼かれてしまった由。

561
復元された山本五十六の生家。


生家には出入り自由。
公園自体もそうだが、管理人が誰もいないのがスゴイ。
いたずらする不埒な輩など長岡にはいない、ということか。
それとも単なる人手不足?

小さい、何の飾り気もない家だ。
間数も少なく、狭い。
五十六少年の勉強部屋だったと言う2階に上がってみる。

ハシゴを斜めにしたような急勾配。
上り下りは要注意だ。
足元に意識を集中しなければ。

これが2階?
身長1間のわたしだと、立つと完全にアタマが天井についてしまう。
小屋裏、といった方が正しいのではないか。

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この机を使って勉強に励んだのだろうか?


夏暑く、冬寒いのは間違いないだろう。
およそ快適とは程遠い家。

昔はこれが当たり前だったんだねえ。
五十六さんを離れて、ひょんなところから流れた時の長さを実感した。

563
公園内にある胸像の原型が、1階に置いてあった。白い五十六…


NS



昭和の記憶展と神奈川ニュース
私は横浜生まれの横浜育ち、バリバリの『ハマっ子』。

中学、高校と映画はほとんど横浜西口の相鉄ムービルを使っていた。
当時、本編がはじまる前に必ず流れていたのが『神奈川ニュース』!

神奈川県の手書きフリップにテーマ曲が流れ、おばさんのナレーションが渋かった。
子どもの頃は古くさくて嫌いだったが、次第にファンになり、『神奈川ニュース』
の上映がなくなる頃は寂しく感じるようになっていた。あのテーマ曲は今でも
ハミングできる。

今(といっても今日で終わるが)横浜高島屋で行われている『ヨコハマかながわ昭和
の記憶展』に行った。

kanan.jpg

今年は神奈川新聞70周年記念の年。新聞社が所蔵する横浜の歴史を象徴する約200点の
写真が展示され、昔を懐かしむ年輩の人たち(自分も含めて)でいっぱいだった。
(上の写真は閉館後に撮影したので人がいないけど)

一番のポイントは昔の横浜駅周辺の写真。
現在はダイヤモンド地下街のある西口がメインだが、1950、60年頃は東口(海側)が正面
玄関で、西口は小さいロータリーがあるだけでほとんど砂利置き場の荒れ地だった。
空き地とわずかな住宅地しかない横浜の空撮写真は驚きで、何度も見てしまった。

高島屋も最初は1階建てで「高島屋ストア」という看板で、まるで地方の駅前スーパーの様。
横浜駅と高島屋の間、相鉄ジョイナスは当時アーケード街で「横浜名品街」。懐かしくも
新鮮な一枚一枚を、現在と比較しながら観ることができた。

他にも、東神奈川駅近く、今の神奈川スケートリンク前の広い公園には横浜市役所があり、
伊勢佐木モールの正面に建っているゲート(ウエルカム・ゲート)は1964年に建てられ
たもので、今のまんまのデザインに驚いた。64年にして現代感覚のデザインが造られていた
のは驚きだ。

kanan2.jpg

写真の他に『映像コーナー』もあって、先に紹介した『神奈川ニュース』が上映されていた。
これを観るの何年ぶりだろうか。

・・・『神奈川ニュース』には特別な思い出がある。

映像業界に入って、あのニュースを撮っていたスタッフ(神奈川ニュース映画協会)と知り
合い、いっしょに仕事をする関係にもなった。でも、テレビが主流になってニュース映画は
なくなり、その制作会社もなくなってしまった。

今回上映していたニュース映画、DVDで売ってくれないかな。
思い出としてとっておきたい。


『ヨコハマかながわ昭和の記憶展』
2012年9月5日~10日、横浜高島屋ギャラリー(8階)最終日は午後6時閉場

きしょう
こんなの見つけた!
古いパンフレットや資料、台本などの中から繝翫ぎ繝ゥ豌丞シオ繧雁・繧祇convert_20120907122449
こんなの見つけた。

よく見ると出演が滝田祐介(ナガラ金平)小山明子(ナガラ夫人)

企画は電気安全全国連絡委員会とある。

あちこち探したがフィルムは残っていないようである。1999年6月に編纂した作品目録にも載っていない。

パンフレットによると内容は、電気の利用が急速に進んで、無理な配線などによる火災や感電などの増加から、

一般家庭向けの安全に対する注意、啓発が趣旨である。観てみたかった。

確かに存在したのに今は所在不明になってしまった作品が数多くあることに思い至った。

この会社、あるいは戦後日本の映像文化を作り上げていった多くの会社の倉庫にあるであろう

作品(今となっては大切な記録)のかずかずは絶滅危惧種!なのです。

mar,

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ピッチピチ!パリの路上駐車(フランス旅行記)
ちょっと下の写真見てよ。

路上駐車している車なんだけど、隙間なくピッチピチに停めてると思いません?

tyuusya1.jpg

真中の黒い車を出そうとしたらどうすんのよ。
日本ではありえない光景でしょ。

でも、これ、パリの常識。

パリ市内には日本のような駐車場が地上にほとんどない。建物は石造りで壊れないため、
日本のようにビルの建て替えがほとんど無く、空地のようなスペースがまったくと言っ
ていいほど無い。駐車場は公園や商業施設の地下にあるそうだけど、遠い。だからこう
して路上駐車が後を絶たないんだ。

昔、フランス映画(ジャン=ポール・ベルモンド主演だと思う)で見たことあるけど、
前後の車を車体で押して隙間を作り、這い出ていくんです。

そんなことしたら車がキズついちゃうと心配するでしょ。それは日本人の感覚。

フランス人は車がキズつくのは当前と思っている。
そのためにボディの前後にバンパーがついてるんだと。
つまりバンパーは車を押すためにあるそうだ。

だから、パリで路上駐車する時は、サイドブレーキやパーキングブレーキはかけては
いけないそうだ。 ←これ、フランス人の常識

もしや・・・と思ってYouTubeで検索したら、

ありましたよ! ピッチピチの駐車から出ていく様子を撮った動画が。
撮ってる人いるんですね。しかも日本人。だからYouTubeは楽しい。

「パリの路上駐車」(1分42秒)


白い車が出ていくとすぐ空いたスペースに黒い車が駐車する。おみごと!(笑)

きしょう
パリの街並み (フランス旅行記)
パリの街は美しい。

明るい色の建物に大きな窓、バルコニーの黒い手すりと街全体が同じ建物で統一され
てるからだ。 そこがポイント。

pmati1.jpg

日本はビルのデザインがひとつひとつ違ってるでしょ。言い換えればバラバラで
統一感がない。だからパリへ来ると、まず、その街並みに感動する。

Pmati2.jpg

これらの建物は『オスマン様式』と呼ばれている。

19世紀後半、パリを美しい街にしようとナポレオン三世がオスマン男爵に言って
街の大改造がはじまった。それまで迷路のようにぐちゃぐちゃだった路地を整理して
真っ直ぐにし、でこぼこだった建物の高さや形をそろえ、日光が部屋の奥まで差し込
むように高い窓にしてバルコニーを設けたのである。

Pmati3.jpg

バルコニーにゼラニウムの赤い花を飾っている家が多く、緑と赤がクリーム色の
建物に映えていた。

下の写真はVHB(ベー・アッシュ・ベーと読む)という画材と工具のデパートで、
日本の東急ハンズと同じ。この建物はもとはホテルだったらしい。

Pmati4.jpg

改装中のこんな建物を見つけた。

Pmati5.jpg

バルコニーの手すりが銀色のステンレス(?)でつくられ、アールヌーヴォの流れる
曲線が石造りの建物を覆っている。 めっさオシャレ!

Pmati8.jpg

グループ展で会ったフランス人に「パリは街がきれいでうらやましいですね」と話し
たら、両手を軽くあげて「そうかな?」って格好をした。

その人は日本に旅行に来たことがあって、「日本の街の方が、建物がひとつひとつ
異なってて、個性的で面白いよ」と言っていた。

なるほど、日本に住んでるとバラバラに感じるけど、パリの人からしたら“個性的”に
見えるんですね。

きしょう
旅のはなし2。
nagaoka03

カッコいいやん!と、思わず声が出た長岡市役所。
明るく、洒落て、来る人を拒まず、のオープンでウェルカムな感じが、日本の「市役所」らしからぬ。

「コペンハーゲンの市役所です」と写真を見せられたら、「ずいぶん日本人が多いね。ジャパンデーかなんか?」なんて大ボケをかましそうだ。

たとえば社のすぐ近くの横浜市役所。
市民だから(税金も払ってるし)いくらでもロビーでくつろいでいいのだが、そもそもそんな発想にならない。

建築された時代が違うから同列に扱うわけにはいかないが、
(狭義の)デザインがどうのこうの、という前に、建物のあり方が違う、という気がする。

ひとことで言って「入りやすい」んである。
シヤクショー!という心理的バリアがない、あってもかなり低いというか。

ああくたびれた、ちょっと寄って休んでいこう…
そう思える市役所、なかなかいいかもしれない。

nagaoka04
ホールなども入っているんである。


NS
旅のはなし。
この夏、新潟へ行った。

東京発7時半の上越新幹線に乗り、降り立ったのは長岡。
長岡、といえば花火を思い出す人も多いと思う。
でも、わたしは全然思いつかなかった。

長岡といえば、山本五十六に河井継之助なんだ、わたしにとっては。

nagaoka02
駅構内にて。長岡ってこんなとこ。


歴史、特に戦記に興味のある者にとしては、
一度長岡を歩いてみなきゃならん、とずっと思っていた。
それがようやく…と言っても1週間くらい前に思い立ったのだが。

雨が落ちる、というあいにくの予報の下、まず向かうのは観光案内所だ。

何回か旅をしてわたしなりにわかったこと。
ガイドブックは悪くないが、わたしのように街歩きが中心の旅だと、カバーするエリアが広すぎてほとんどのデータが単なる読み物になってしまう。
地元で作っているパンフレットの方が、タダだし、地元ならではの視点・情報があったりしてはるかに重宝なのだ。

今回も、いくつかの施設が割引料金になるスタンプ帳をゲット。
案内所のお姉さん、ありがとう。

さあ、五十六さんのウチへ!
と駅を出て、いや、雪国らしくフルカバーされた連絡通路を歩いていくと、自動的に長岡市役所。

エッ!カッコいいやん!(なぜか関西弁)
どうしてそう感じたのか?

次回を待て!

nagaoka
予報通り、後から降ってきた。


NS