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映蔵
横浜で活動する記録・広報映像制作会社日映科学映画製作所の作品紹介や、社の周り・横浜情報の発信など。
雷門、工事中。
浅草のシンボルといっていい?雷門。

ある夜、久しぶりに通りかかったらスッポリとシートで覆われていた。
修復中、ということなんだろう。

ま、それだけのことなんだが、何か気になって目を凝らしてみた。
先に「スッポリと」と書いたが、いや、正確には雷門全体がシートに覆われているわけじゃない。

どこまでがシートで、どこからが地なんだ?

そりゃよくよく見れば境目は分かる。
けれどよく出来てる。
プリント技術の進歩、ということなんだろうけど、大したものだ。
夜の遠目じゃなかなか見分けがつかない。

以前京都で銀閣を訪ねたとき、やっぱり修復中でガクッ、ということがあった。
リアルとはいえ、シートで覆われているには違いなく、実物を見たことにはならないが、せめてもの心づくしが感じられるのはいい。

それにしても、雷門ならじゃあ工事が終わったらまた、とも思えるが、銀閣はなかなかねえ。
今度行くのははいつになることか。




NS

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映画『ダンケルク』
見る前に『ダンケルク』のことを知っておいた方がいいよとNSに言われて、
直前にウィッキでざっと見ておいたからいいものの、何も知らずに観たら
“???”となったに違いない。

この映画は第二次世界大戦中、ドイツ軍に攻め込まれてフランス北部の街
『ダンケルク』に追い込まれたイギリス軍の兵士を本国に撤退させる『ダイナ
モ作戦』の話しである。

ノーラン監督は本作を「戦争映画ではなく、サバイバルの物語」といっている。
まさしくその言葉通り。ちょっとした字幕はあるものの、戦争映画によくある
背景の社会情勢や戦況などの説明はない。そういう客観的な視点が皆無
なのが新しくもあり斬新でもある。弾は飛んで来るが敵となるドイツ兵さえ
出てこない。

防波堤、民間船、飛行機(スピットファイア)という3ヶ所の異なる時間軸で
進行し、巧みにシンクロしながら結実していく手法はノーラン監督らしい。
私は『メメント』とか『インターステラー』とか大好きなんだもの。

悪い作品ではない。

ラストでウルっと来たし。勝つことを放棄して生きる道を選ぶのは勇気ある
選択だということも伝わった。でも、クリストファー・ノーランだからと期待し
すぎたのがまずかったのか、残念ながら、私としてはあまり魅力を感じ
ない作品だっだ。



  採点 65点。




 **ネタバレあり***


  dankelk.jpg


まず、内容云々する前に、素直に作品に入り込めなかった理由がある。

私が観たのはIMAXではない普通の劇場(109シネマ)である。
109シネマでは上映画面がスクリーンいっぱいに映されず、ひとまわり
小さいサイズ(画面の上下に黒い縁がでてしまう)で上映されていた。

おかしいなと思って家に帰って調べると、IMAXシアター以外で見ると、
どの劇場でもフォーマットの違いから、ひと回り小さい画面になってしまう
そうだ。それってあり? 今までどんな映画でもそんなことなかったよ。

っていうか、ノーラン監督だからそれはわざとしていることで、いつか画面が
広がるんじゃないかと期待していた。過去にそういう作品があったからだ。(*1)
・・・それもなかった。残念
まあ、画面が拡がったからって作品の評価が変わるものでもないけれど。

ネタバレ前に書いてしまったけど、
ノーラン監督は本作を「戦争映画ではなく、サバイバルの物語」だといっている
ように、この作品に「戦争とはなにか」「なぜ人間は戦うのか」と問いかける
場面はない。“群像劇”なんだろうけど、登場する人間たちが絡み合って
変化するような人間ドラマもない。それぞれの人物が、とにかくその場を必死に
頑張る、ただそれだけの話しだ。そこに戦争としてのリアリティがあるんだと
いえばその通りで、今までの戦争映画にない作品なのは確かだ。

それと勇敢なスピットファイヤーだけど。
ガス欠してエンジンが停止してからかなり長い時間滑空してたよね。
しかも低空で。・・・それはないんじゃない?
リアリズムに徹した作品だとしたら、そこだけファンタジーにしちゃダメなんじゃ
ないかな。

比べてはいけないんだろうけど、アニメ『この世界の片隅に』は、バカでのろまな
“すず”の視点だけで進行する戦争映画(正確には戦時中を舞台にした映画)
だけど、すずに感情移入してエモーショナルを感じたし、だからこそ記憶に残る
大好きな作品なのである。私はそういう作品の方が好きだな。
ごめんなさい。


(*1)上映中に画面サイズが広がる作品。

『ブレインストーム』(1983公開)
人間の記憶・知覚を他人に伝達するヘルメット型マシンのSF映画。
通常シーンはビスタサイズで描いているが、ブレインストームの装着時に
スクリーンサイズが横に大きく広がった。

『トロン・レガシー』(2010公開)
オープニングの現実世界はビスタサイズで、コンピューター内部の世界に
入ると同時にシネマスコープサイズへと横に大きく広がった。

きしょう
いまどき博物館。
ちょっと思い立って宮崎台の「電車とバスの博物館」に行った。

向こうに着いて気が付いたが、夏休み中だけあって子供さんでいっぱい。
と言うか、夏休みとは関係ないくらいの子供さんが多かった。

そもそも、この博物館の対象は明らかに子供さんだと思う。
博物館というよりも、鉄道テーマパークなんだと感じる。




個人的には、歴史を物語る様々なモノと向き合える場所が博物館だと思っているんだが、随分と変わってきているのかもしれない。歴史に興味があるから、そう思っているのかも。

ここをやってる東急だって、戦争中は京急や京王、小田急などを束ねた大東急、なんて時代もあったんだし、語るべき歴史はたんとある。それが会社・組織の歴史とすれば、創業以来のバラエティに富んだ車両の歴史も見逃せない。

子供さんの多くは電車好き?なので、親もろとも来てもらおうとターゲットに定めているのか、歴史よりも教育だったりアミューズメントだったりの方にウェイトがかかっているケースが目につく。

IMG_9321.jpg


脱線になるけど、横浜の新聞博物館もリニューアルされてからしばらくして再訪してみたんだが、以前の「モノ」がふんだんにあった展示がガラッと様変わりしていて、一大パネル展示場になっていたのに驚かされた。

以前の展示物は賃貸期限が切れたんだろうか?とか、新聞の作り方がガラッと変わってしまったんで(そもそも新聞の在り方がデジタルとITのせいで大きく変わっているし、これからもっと変わるかもしれない)そのせいだろうか?とか、とにかく変わり様にとまどってしまった。

歴史好きを心行くまで満足させてくれる、オトナの博物館。
わたしが求めているのはそーいうところなんだが、時代の流れはそこではないのかな。
そうだとしたら、ちょっと寂しい。

IMG_9319のコピー
次に行くとしたら、リニューアルでもあれば、って感じかも。


NS

祝10周年!
本の街、神保町。
その路地裏に名画座がある。

名画座、というと小さな、古びた映画館をイメージするかもしれない。
でもここは違う。

確かに大きくはないが、空に向かって鋭い先端が屹立する、未来的?な建築。
今年の7月でオープン10周年だから、まだまだ新しい。
本社がすぐ近くにある小学館の運営で、吉本興業運営のお笑い劇場「神保町花月」が同じ建物に入っている。

名画座もすっかり少なくなってしまった。
特に、わたしの好きな洋邦の60年代くらいまでのやつをかけてくれるのは。

大井武蔵野館や中野武蔵野ホール、銀座の並木座、みんななくなって久しい。
横浜にも、関内アカデミーなんてお世話になった名画座があった。

懐かしい、のはこれらの映画館で観た数々の作品もそうだし、今よりはるかに映画を観よう、観たい!という意欲に溢れていた自身のことも、そう思う。

10周年、おめでとうございます。
そうそう来てはいないわたしが言うのも何だが、末永く楽しませていただきますよう、よろしくお願いいたします。


次の特集上映は倍賞千恵子です。


NS
暴挙?
もう10年は経っているんだろうか?

新橋に通勤していたころ、駅前の香川・愛媛アンテナショップで、オリーブの小さな鉢植えを2つ買った。同じ種類同士だと実が出来ないと聞いていたので、別々の種をひとつずつ。

ベランダに鉢を置いて、少し伸びてきたので添え木をしてやった。
その後もどんどん伸びていって、ホンの少しだが実も出来るようになった。

ところが、である。
添え木があるのをいいことに伸びるのはいいが、幹が一向に太くならない。
添え木を外すとダラしなく垂れてしまうのだ。

どうもこれは育て方を間違えたらしい?
乱暴だが、思い切って下から15センチほどのところでバサッと切った。
これでも大丈夫と踏んでのことで、その通りにはなった。

切った面からそのまま、はさすがにムリだが、残った幹の脇から新しい芽が出て、再び伸びていった。
これがいつ?3、4年以前だったろうか。

教訓として、今度はいっさい添え木をしなかった。
あくまで自力で、しっかりと幹を太くしながら伸びていってもらいたかったのだ。

それ以来、すでに相当伸びてきた。
しかし、思ったほど幹は太くならず、どうもヒョロヒョロとしている。
根を張れる広さとの兼ね合いかもしれないが、よくわからない。
剪定をもっとすべきだったかもしれない。

ひとつはまだしも、もうひとつはかなり頼りなく、添え木が必要、とさえ見える。
ここでまた、思い切った行動に出た。
頼りない方を、今度は下から数センチのところでバサッと切ったのだ。
ウチに持ってきて以来10年余?またもやゼロにリセットされたのだ。

われながらよくやるよ、という感じである。

それでも7月になって、新しい芽が出てきた!
残した部分からではなく、土の下からまったく新しいものとして。
根から直接伸びてきたものなんだろうか。

いずれにしろ、ちゃぶ台返しはもうやめにしたい。
この芽がしっかりと伸びていくことを期待しつつ、見守っていきたい。




NS